Alice
いい子にしてたかい? 沙綾。 「ご機嫌いかが? お父さま」
沙綾はいつもそうしてちゃんと挨拶が出来て、本当にいい子だね。 「挨拶はお母さまに習ったの。良い大人になるように」
そうだったね。あの女は沙綾が生まれたばかりの時から教育だけには熱心だった。 「大嫌い。いつもこうしなさいああしなさいって言うんだもの」
本当にあの女は口うるさい。
毎日毎日飽きもせず同じ話ばかり繰り返して、あいつが周りと上手くやれないのは、何も私のせいじゃない。年甲斐もなく派手な服を着て、なにかにつけて学校に乗り込んでは担任を吊るし上げるから、父さん、他の学校の事とは言えその事で何度不愉快な思いをしただろう。沙綾の担任も低脳だけど母さんはもっと低脳だ。 「お母さまは、またお出かけ?」
そうだよ。
そしてそのままずっと帰っては来ない。 「きっと血がいっぱい出たんでしょうね」 血だけじゃないよ。腐った腹の全ての汚濁が流れ出たから、あの女はやっと自分の体重を気にしないでよくなった。もう、麦飯や玄米を無理やり食わされる事もなくなった。父さんは、お腹いっぱい真っ白いご飯が食べたいな。 「汚濁ってなぁに?」 汚濁を知らないのかい? 「汚濁ってなぁに?」 キーワード:汚濁|おだく・・・返事:吐き気がするわ・・・教える 汚濁はわかったかい? 「吐き気がするわ」 そうだね。吐き気がする。お母さんには本当に吐き気がする。 「死んでしまえばいいのに」
私は慌てて口元を手で蔽った。
ああ、私が沙綾の担任だったらよかったのに。 「今日は何のお勉強?」 今日はまた、新しい言葉をたくさん憶えるんだよ。ちゃんとしたレディーになるために、いっぱいお勉強しなくちゃね。 「お勉強なんかより、私はピアノがひきたいの」 こらこら、それよりまず言葉を覚えるところからだよ。椅子にじっと座って、私の言う事をお聞き。 「じっとしてるのは嫌いなの」 沙綾。言う事をお聞き。 「このくそジジイ! しなびた女房相手にマスでもカイてろ!」
おや。まだ残っていたな。もうすっかり削除したと思ったのに。沙綾と父さん、二人きりで話ができる聖地を、我が物顔で踏み荒らしたあいつらの痕跡。 他人の物と己の物さえ区別がつかない、腐った低脳ども。
私の沙綾はね、初めはこんな言葉なんか知りもしなかったのに。
甘ったるく語尾を延ばした喋り方の電話は、父さん片っ端から切ったのに。
「ジジイ、くせえんだよ。オレに話し掛けんじゃねーよ」
沙綾が初めて外泊した晩は、父さんほんとに眠れなかった。 私の沙綾が見ず知らずの男に酷い事をされていると思うと 本当に気が狂いそうだった。
父さんはね、
悪い沙綾はいつまで経っても父さんの言う事に逆らって、激しく暴れるもんだから、終いには父さん、どうしていいか解らなくなってしまって、沙綾の身体を少し汚してしまった。
沙綾の細くて白い足首が、宙を蹴るのを止めた時、それまでの良い子だった沙綾のように「お父様、ありがとう」と呟いただろう?
でも、汚れてしまった沙綾の身体はきちんとオキシフルで清めて、小さい頃通っていた日曜学校でしていたように、皺一つ無い濃紺に白いラインのセーラーのワンピースに、純白のソックスをはかせて、手は胸の上できちんと組んで、爪の気味の悪い色は丁寧にふき取って2ミリきっかりに切り揃えておいた。 沙綾の真っ直ぐで漆黒だった長い髪。
1束1束、沙綾の綺麗だった黒髪を剃り落としていく時
沙綾
沙綾の入学式に、桜の木を植えた事を憶えてるかい? 私は今でも憶えてる。
小さな沙綾が桜を植える私の肩に重たいくらいまとわりついて、
綺麗な沙綾と綺麗な桜。
最近は、ちらほら花を付けているのが精一杯だったけど
来年にはきっとまた、沙綾みたいな綺麗な花が咲くだろう。 END.
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