ホラーとSFの融合と書けば聞こえはいいし、期待には十分応えてくれる優等生である事だけは間違いない。が。

イベント・ホライゾン Event Horizon
1997年・米 監督:ポール・アンダーソン 脚本:フィリップ・アイズナー
出演:ローレンス・フィッシュバーン、サム・ニール、キャスリーン・クインラン

 ローレンス・フィッシュバーンという俳優をはじめて認識したのはむろん「MATRIX」であった。かの映画では黒いレザーのロングコートに身を包み、颯爽と風を切り、正義なグループの頭領という役割を、十二分にこなしていたのだ。
 が、じつは私はその時点で既に彼があまりツボではないと認識していた。というより、どちらかというと「好きじゃない」(笑)

 なにが気に入らないんだ!と問われると言葉に詰まるが、彼がその姿とは裏腹に役中いつも正論を吐いているからかもしれない。というか、「あんたに言われたかねーよ」みたいな、こちらのもともとねじくれたツムジをいやな感じでちくちくと刺激するのである。
 同じ台詞がシドニー・ポワチエから出たなら、私は無抵抗であんたっていいやつよねぇと思うのに、この差はなんなんだろう?

 正義は、初めからそこにあるものではない。己を厳しく律して初めてそれを他人に吐けるのだ。己を律する事がはなから容易であるならその正義に重さは無い。
 己がどんな人間であるかを名乗らず、いきなり相手に教科書を突きつけてこれが正論である問答無用!という発言が許されるのは、公立義務教育校の教師くらいのものである。

 フィッシュバーンもこんな日本の片隅で、意ともしない正義と絡められて、だからあいつは嫌いなんだと言われているなど思いもよらないだろうが(笑)ともかくそうなんだから仕方がない。彼のでれでれに汚れた役(たとえば完璧な正論でさくさく人を殺す連続殺人鬼とか)と言うのを一度見てみたいものである。

 さて。そういったわけで、私にとってフィッシュバーンがどれほどツボでないかをお解かりいただけたところで本題に入ろうか。

 物語の舞台は海王星、太陽系の果てである。
 その宇宙船の名前はルイスアンドクラーク号、任務は海王星付近に突如として現れたイベントホライゾン号の探査である。

   ルイスアンドクラーク号は、ミラー船長(フィッシュバーン)を筆頭にそれぞれ性格もよく腕もたつ6人の船員で構成されている。
 優秀なパイロットのスミスは職人肌でプライドが高く、中年の女性ピータースは急な任務で家に残してきた息子が気になるが誠実で穏やかな性格の救護要員、もう一人の女性スタークは若く健康的なエンジニアで、今回の任務ではレーダー探査を主に扱う事になる。
 クーパーは長身の陽気な黒人でみんなを明るくするムードメーカーで、一番若手はジャスティンで、みなから坊やとからかわれはするがマスコット的存在でもある。
 DJは作中唯一船長の過去を聞かされる男である。寡黙で誠実。

 そして船長のミラーであるが、船長という責務を全うしようとするためか、無駄口は叩かず、指示は的確で船員には有無を言わせない。ジョークは言わないが性格は暗くは無い。船員を常に気遣ってはいるようだが、それが相手に伝わっているかどうかは定かではない。神経質というのは書いていいものかどうかイマイチ迷うところである。私的には、キャパの問題なような気がするが。

 彼が神経を苛立たせているのは、今回「特別な客員」として乗り込んでいるウェア博士(サム・ニール)の存在である。海王星付近にまで到達してもなお、博士がなぜそこにいるのか、今回の任務の本当の目的が何であるのか、正確なところは知らされていなかった。その上博士は現場経験も浅く、動作もトロく、いつも船員たちの作業の足を引っ張っているのが、船長には不愉快極まりないのだ。

 そうこうしているうちにR&C号は海王星付近に到達し、そこで始めて船長はじめ船員たちは任務の本来の目的をウェア博士から聞かされることになる。

 イベントホライゾン号とは、ウェア博士が製作した宇宙船で、重力推進装置で空間を歪め、ブラックホールに似たゲートウェイを使って宇宙の彼方に一瞬にして移動するという革新的な航法で、それが成功すればむろん人類にとっての偉大な一歩、飛躍的な進化と期待された宇宙船であった。

 が、実験中、ホライゾン号は彼方から戻ってくる事無く、そのまま通信が途絶えてしまったのだ。実験が行われたのは2040年、それが7年経った今、突如海王星近くに出現し、地球にメッセージを送ってきたのだ。
 発信されている音声は一方的なもので、ラテン語で「助けてくれ」と聞き取れた。

しかし、その説明をするウェア博士の様子がイマイチおかしい。博士は明らかにその宇宙船に執着していた。まるで亡くした我が子に再び出会えたかのような。
 海王星でその巨大な雄姿を見た時には、船長以下が取り押さえるのに一苦労したほどであった。憑かれているという表現が一番当てはまるのかもしれない。

 ホライゾン号に船体を横付けし探査に入ったのは、若手のジャスティンと陽気なクーパー、メッセージが届いている事から救護要員のピータース。船内は太陽系の果てという環境から極寒で、重力発生装置も稼動してはおらず、方々に備品が浮いている。
 ヒト気は全く感じられないが、R&C号からレーダーで探査していたスタークだけは異常を感じていた。生命反応が船全体から発せられていたのだ。

 船内を探査していくうち、ピータースは、惨殺され凍りついた船員の遺体と遭遇し、ジャスティンは重力推進装置のコアに到達し獲り込まれる。その後クーパーによって助け出されはするが、混濁する意識のまま苦しみ続ける事になる。

 と、ここまで書いてきたが、じつは私はこれと似た設定のストーリーを知っていた。 「惑星ソラリス」である。いや、かの作品を完全に読解しているかというとそうではないところが申し訳ないが、人間の暗部を具現化するという設定においては似たものを感じざるをえない。
 私たちの年代のSF好きは、この作品を方々のまんがや小説のぱくりやパロディーで何度も読まされている超有名作品なのである。しかしながら映画は旧ソ連で制作され、作品は重厚で文学的で難解だったため、映画そのものまでチェックし理解しているというお人は少ないだろう。

 確かに設定が似ているだけで、リメイクとかパロディーとかは思わないが、なんとなーく、それがいやーな感じで引っかかる。

 ネタばれになるので書けないが、地獄という発想も朧げで捉えにくい。
 そういえば、かの「幽遊白書」で、ありとあらゆる人間の醜さを映し出しているという黒のテープだかというアイテムもなんだかなぁという感じだった。
 あれはまんがだったので、戦争や飢餓暴力大量虐殺などのシーンが短絡的に描かれていたが、それが仙水という「優秀で性格も良くIQも人並み以上の霊界探偵」を一気に狂気に走らせ大量殺人に至りましたという設定に、素直にそうなっちゃうだろうなぁとは共感しづらかったのは私だけだろうか?

 この映画では、船員たちの「一番思い出したくない過去の傷」が現実となって現れるが、リアリティーは薄い。いや、確かにその一つ一つの出来事は「これが私のトラウマなんです」と自己主張があればそうなんだろうが、見ている側に重く響いてはこない。

 ウェア博士のホライゾン号に対する執着も、執着していますとまでは納得できるのだがその異常さは希薄、船長の過去においても今回は死んでもそうはさせない!とがんばる彼の思いは空回りし、最後に己を犠牲にしてまでその思いを守り抜く事でよくやったなによりだったと涙する気にはなれない。

 哀れだったのは陽気な黒人クーパーである。何度も船体から大宇宙に放り出されつつ、それでも必死で戻り、船内にストーリーにはおよそ似つかわしくない笑いを振りまくのだ。スタークも船長にソデにされながらもがんばり続けるが、取り立てて得られるものも無かっただろう。DJに至っては、はなから陰気で変わり者という設定で登場し、たいした出番も無く、最後の最後に船長の愚痴に付き合わされた挙句、じゃあとお互いがんばって乗り切ってこーかと別れた途端「羊たちの沈黙」風惨殺死体となる。

 ホライゾン号に残されたテープをみんなで見るシーンは、そういわれれば「遊星からの物体X」に似たようなシチュエーションがあった。いや、それもきちんとホライゾンようにお清書されているのだ。

 いや、こうまで書いてまだ言うかだが、おもしろいはおもしろいわけで。というか、SFが好きでホラーが好きだったら、多分ある程度満足はするのだろう。
 SFXもなかなかイケててセンスも悪くないし、最後の脱出シーンなどは「エイリアン」ばりにどきどきしたような気もする。役者も粒がそろっているし人選も悪くない。中でもDJやスミスは私もお気に入りだったのだが、顔はもう定かではない(^^;
 伏線といわれれば、そういえばそういうシーンがあったなぁ程度は刷り込まれていたし、空間移動のコアは常に不気味に回転し、せっせと船員たちを地獄に引きづり込んでたし。

 要するにどこをとっても優等生。
 ただ、それが記憶の中で鮮明に残っているかというと、「そういえばあいつ、どうなったかなぁ、けっこうそれなりに出世してたりすんじゃねーの?」とその程度なのだ。

 私的には、目立たない優等生との再会は、ある日なにげに見ていたニュースの中で画面に映った「連続猟奇殺人犯」だったりするとおもしろいんだけどなぁ。
 その瞬間初めて、優等生との記憶は鮮明に蘇るのだ。

 「優等生だったのにねぇ、どこで間違っちゃったんだかねぇ」

  END



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