怖い本読みましょうか 2

夜会オススメの怖い本
最終更新日 2002/5/20





現役医師が語る!シリーズ

元田隆晴/著、竹書房文庫

 かねてから「怖い話の本」といえば、「ほんとにあった〜」とか「読者体験〜」とかが大好きで、「自衛隊の恐怖体験何たら」までともかく見つければとりあえずゲットと思う筆者であるが、このシリーズはなにせ設定が「現役医師」なのだからたまらない。
 が。申しわけないがどうしてもこういう場合元来のへそ曲がりで、「現役医師のドキュですって!こういう話って病院によくあるのねー!びっくりー!」とは素直に喜べない性質で(笑)著者にせよ出版社にせよどちらを疑うわけではないが、あえて「設定上は現役医師」とさせていただこう。

 某TV番組「アン○リーバ○ー」にまでも取り上げられた!と何巻目かの帯にあったので、某局の公式サイトのバックナンバーを調べてみたら、確かにあった。投稿者現役医師のDr.元田がなんたらと、2000年2月頃3回にわたって放映されている。なるほど。アンビリ〜はかなり好きなので(笑)余すとこなくチェックしていたつもりだったが、おそらくなにげに見流していた「1投稿」がまさか本までしかもシリーズで(笑)出しているとは思いも寄らぬ話だったわけで、しかも文中、「番組収録時に起こった怪異」までもが取り上げられており、かなり悔しい手落ちである。

 このシリーズの旨味は何と言っても彼が「職場で体験した実話集」であって、当然ながらそこに登場するのは心霊関係の何か得体の知れないものばかりじゃない、ともすればいまだ現役であろう同僚やら実在した患者や病院が、遠慮会釈なく書き記されているわけで。我々患者としては(その後どうかは定かでないが)「怪異がある病院」「時おり異常行動をする医師」というだけで十分恐い(笑)

 また患者と言っても他界した方ばかりではない、快癒して退院なさった方、症状が悪化し転院された方など、病状や近親のありよう、入院先の病院建物の概要などなどかなりつっこんだところまで書かれている上、「その後どうなったか私が知る所ではない」と終わられちゃってるのだ(^^;おいおい。

 内容は、知り合いに病院内部に詳しい方がいれば、かなりな確率で愚痴話として聞くような話から、病院勤務者内々で語り継がれている怪異、「おかしくなった先生」「おかしい病院」「おかしい患者」に至るまで要するに表題どおり病院で起こった様々な怪異談である。
 彼自身特に霊体験が多いとか目に見えぬものと交信出来るという特殊能力を持つ「心霊ドクター」という話ではなく、作中自身の心霊体験は少ない。
 患者としては、たとえ自分が彼が言うところの「奇妙な患者」の一人だったとしても、酒のツマミの「職場のまいったちゃん話」であれば問題ないと思うのだが、こういう形でカミングアウトされちゃう事には薄ら寒い思いがある。

 コンビニやキオスク売りのお手軽な文庫である。
 退屈な社内旅行のお供などにいかがかな。
 あ、これってアタシの事だ(^-^;と思い当たらない事を祈りつつ。





 

バトル・ロワイアル Pulp fiction

高見広春/著、太田出版/刊

 映画の感想文が既に上げたが、「バトルロワイヤル」である。
 私は映画先行だったので深作監督作品の印象が強く、ましてやアレほど世間で「こんな(残酷な)もの未成年に見せるなんて!」と騒動になっていたので期待半分、確認半分の気分で読んでみはしたものの、何かバランスの悪いシュミレーションゲームのシナリオのようだというのが正直な感想である。
 「不快」という事で某大賞なりを逃したようだが、確かに文章は荒いし、悪質なパロディーとしか思えないキャラが登場もする。私的には、全部を読み終えてどうかというところに勝負をかけてみはしたものの、たいそう感銘する部分もない。

 奇妙な話であるが、「残酷さ」のみをR指定の理由とした話であるならば深作作品はR指定を受けているが、残酷描写は映画に引けを取らない原作の方は、学校の読書の時間に読んでもとがめられる事は無かった(現役中2生に確認したわけであるが公立だからといわれれば確信はない(笑))。
 これはどうにも得心が行かない。

 なんなんだろう。とりあえずかの現役中2生は適度にのめりこんでいるし、方々でもファンサイトがいまだ廻り続けている。これが「新しいモノ」だから「ニューエイジにしか理解できない」といわれれば、まごう事なき中年のオバサンにしてみればはーそーすかとしかいいようがないわけだが、かのエヴァ渦の時より激しく得心が行かない。

 重ねて言うが私は映画先行で、ともかく深作的この作品への思い入れというものをまず目にしているわけであるが、この本の裏解にもまた、太田出版的この作品への思い入れというのが綴られているのだ。そのどちらもなにげに思想的クサイ響きを持ちつつも、「俺はこう思った!文句あるか!」とただ一方的に語り倒しているわけで、どうにも「ではこの作品そのものが発する言葉は?」というところが見えてこない。
 作者の創作意図が見えてこないのである。

 そうして数々のハテナ?を残しつつ、そのままではいかにも気持ちが悪いので、「マンガ版」というものも読んでみたところでなんとなくこりゃいっぱい喰わされたなとやっと得心がいった。しかもこれにだけ作者からの渾身のメッセージ付きである(笑)

 浅学で申しわけないが作画しているまんが家は知るところではなく、絵柄はといえばかの「孔雀王」に似たアクが強いもので、一歩間違えば「**快楽」とか「エロ**」に載っててもおかしくない趣さえあり、生徒を地獄へと誘う金八先生をパロった坂持金発は見事にどスケベェのケダモノ変態オヤジと化している。とりあえずびっくりである(笑)が、そう言われてみれば原作もそういった趣は確かにあったわけで(笑)思想だの社会派だの言う色眼鏡さえ外せば、原作にそう書いてあるんだから、はなから作者としてはちゃんと読めよの他何物でもなかったのであろう(笑)

 映画版では中でもきれいなエピソードだけがきれいな形で拾われているが、中でも「宇宙の大いなる意思によって地球を守る戦士に任命された」と思い込んでいる女子のエピソードやら、参謀本部にあるコンピューターへの攻撃のくだりなどはかなりイタかった(^^;また、それぞれにまつわる設定は浅く、あとは読者や2次的な創作者にお任せといった感は否めない。要するに「プレイヤーの意のままに」なのである。
 それはさ、作家として非常にイタくズルい行為じゃないか?(笑)

 しかしながら、これだけさまざな二次著作物を生んでいる作品である。これ一本でどこまで喰っていけるか作者の勝負の行方を今後も生暖かく見守りたい作品である。





キング礼賛@ 「死のロングウォーク」

スティーブン・キング/著、沼尻素子/訳、扶桑社ミステリー「バックマンブックス4」

 前宣伝やら話題やら、「バトルロワイヤル」の内容を聞いていの一番に直で頭に浮かんだのがこの「死のロングウォーク」である。
 カブるかどうかは私見であるが、単に「私がBRに素直に感動できなかったわけ」というのをどこかに書き残しておきたかった事と、おそらくBRを書いた作者より、キングが初めてこの実質上の処女作品を大学教授に持ち込んだ年齢とは明らかにかけ離れている事も知ってもらいたいわけで。

 初読みはいつだっただろう。日本語版初版が1989年だからもう10年くらい経っているのかもしれない。当時の私は完全にキング中毒でキング、バックマンという名がつけば何でもいいから読みたいと漁っていた中の一冊だったと思う。

 「BR」が「なんちゃって旧体制」の日本にもしもなったらという「(SF的表現としての)近未来に起こりうるかもしれない」お話だとすれば、こちらは完全なる架空、自由平等博愛の国アメリカでこのゲームが開催される話などほぼありえないだろう。
 また「BR」では参加者が無差別に決定され強制連行されるわけだが、こちらでは12歳以上の18歳以下の若者で自ら希望したもの(ほとんどの若者が受けたいと希望する参加資格試験を通ったもの)の中から抽選で100人の正参加者と100人の補欠が選ばれる。しかも参加決定と決まってなお取り消し可能日は数回あって、最短でロングウォークの前日まで撤回できるのだ。

 そしてどちらも少年たちは死に向かいひたすらに行進する。

 ゲームは普通の高校生ギャラティが母親と共に会場に現れIDカードで最終的な参加の意思確認をするシーンから始まる。母親は止めるでもない、ただそこにいてなおおろおろと取り乱しているだけだ。
 スタート直後確かに彼らは浮かれていた。スタート地点で3回目の警告ギリギリまで立ち止まってみたり、路肩で自分の名前を掲げた少女とキスをし警告も受けるが、それでも彼らは浮かれていた。ウォーカーの1人の名を呼び今にも狂いそうな母親を尻目に互いに自己紹介しあい、噂話もし、それでも平穏に続いていた。
 参加者の1人がカービン銃の一斉射撃という切符を渡されるまでは。

   ルールはいくつかあって、衣服から替えの靴、食物に至るまで携帯できるものであれば私物の持込は自由、スタートと同時に時速4マイルの速度で決められたルートをひたすら歩き続ける。服装や態度は一切問われず、私語やおふざけ悪口雑言に至るまで時速4マイルで定められたルートを歩く事以外にルールはない。
 参加者には濃縮食のチューブが決まった時刻に定量、ボトルに入った水は求めに応じて好きなだけ配布されるが、昼夜分かたず排便や睡眠休息は一切ない。

 ゲーム中は常時軍のヘリコプターとハーフトラックに監視され、理由の如何に関わらず時速が4マイル以下に落ちた時と止まった時に3度まで警告される。1、2回目の警告からはそれぞれ1時間3回目はその後3時間歩けばチャラになるが、3回目の警告以降停止も含めて時速4マイル以下に落ちた時点で有無を言わさず射殺される。
 射撃には、日本で言う介錯人がそうだったように腕の立つ兵士があたり、脇道に逃げ込んだり応援の群衆に紛れてもまったくの無駄、「いかなる理由があっても」速攻で確実に死は訪れる。

 決められたルートは、民家の前だろうが十字路だろうが橋だろうが歩行可能な道路でありさえすればお構い無しに続き軍によって完全に補完されているが、路肩に休憩所はもちろん覆いなどなく、参加者は常に民衆の目に曝され続ける。
 唯一スタート地点には親を含めて群衆はいない。それ以降は彼らの歩く全道程に非常線が張られ、親兄弟恋人いかなる立場であっても路肩の決められたラインから中にはけして入れない。また行程外であれば、いかなる場所から見物する事も可能、参加者それぞれの出身地では言わずもがな、後半戦で人数が減り始める頃には熱狂的な大群衆となり、その様子は全米に放映される。

 ゲームの責任者は「少佐」と呼ばれ、参加者たちは畏怖の念を持って彼を眺めてはいるもののその正体を知る者はいない。
 最後まで生き残った一人には「望むもの全て」が保障される。準優勝もなければ残念賞もない。優勝者以外は全て死に至るデスゲームなのだ。

 小説はイマジネーションが勝負である。いかに読者を引きずり込むか。
 前述の「BR」が読者にお任せ今時風RPGだとするならば、この作品は四方八方塞がりの完璧なキングワールドである。出口はたった一つ、99人を歩き倒したった一人残る事である。彼は100人のウォーカーにだけでなく読者にもそのゴールのみを明確に提示する。

 彼らの参加意思に明解な理由はない。そのゲームがどういった意味で開催されているか、時のアメリカ政府などの説明もない。読者は少年たちと共にいつ終わるかわからない長い長い道を時速4マイルでただひたすら歩き続けながら、共に泣き、母や恋人の名を呼び、時には腹から笑い、歌い、激昂し、絶望し、狂気せざるを得なくなる。

 キングでも初期の勢いのある頃の作品である。彼はこの後「キャリー」や「シャイニング」を次々と発表しホラーファンを魅了し尽くした上で、「スタンドバイミー」の映画化で一躍脚光を浴びホラーの帝王と呼ばれる事になるが、近年の牧歌的な思い出話と違い切迫感は超一流である。
 近年キングにはまったという方(もしくはBRにはまっている方でもいい)はぜひ一読していただきたい作品である。





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