PAPILIONIDAE



 次の朝早く、私は屋敷を後にした。

 青年が、駅まで送らせましょうと言ってくれたが、一人で歩きたいからと断った。彼は私の姿が森の中に消えるまで、凍るような空気の中その屋敷の玄関で、私の後ろ姿をを見つめていた。

 森の中を歩いている間私は、昨夜の出来事を思い返していた。

 彼の手紙にあった魔性のものとは、本当は蝶ではなかったのではないか、と。
 暑く甘い匂いのする深い森の中で彼らが戦っていたものとは、果たして、餓えや毒虫や死の恐怖だけだったのだろうか、と。

 一体何が、彼らをここまで狂わせてしまったのだろうか。
 青年の、炎に照らし出された白い顔が、頭の隅に浮かんでは消えた。

 そうしているうち、森の出口らしい拓けた草原が見え始めた。
 足を止め、一息ついたその瞬間、私の頭の遥か上を何かが大きくはばたきながら飛び去っていった。空をあおいでは見たものの、鳥の姿はどこにも見えなかった。

 その時、今歩いてきたはずの森へと続く細い道の奥から、微かな笑い声が聞こえたような気がした。



                                          終わり



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